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2018.10.12更新

「競馬時代劇」

 少し前のことだが、新橋遊吉さんが亡くなられた。元祖・競馬小説家。訃報を新聞の片隅で目にし、ああ…という感慨があった。しばらく忘れていたもの。にわかにぞくぞくドキドキした。日本の競馬小説といえば、織田作之助「競馬」、宮本輝「優駿」などが著名だが、記者思う第一人者は断然新橋さんである。どこが好きか。氏の小説は、競馬を下敷き、背景として、人間を社会を語ろうというものとは方向が違うこと。もちろん人間も社会もテーマではあるけれど、その物語には、ごくストレートなレース描写、作者自身の競馬観、ギャンブル観が横溢している。等身大、競馬に憑かれた男たち――。本名=馬庭胖(まにわゆたか)。なにか運命的なお名前でもある。

 氏が活躍されたのは、昭和30年後半から40年代。ただ当時、競馬小説などというものはそれこそ稀少で、そのジャンル自体、無視に近い状況だったとふり返る。しかし記者、その作品に初めて触れたのは、実は学校の図書室であった。題名ははっきりと覚えていない。ただ当時、都立高校2年生ヨシカワは、まさしく競馬に憑かれ初め。思いがけず出会った二三冊に嬉々として飛びつき、欠食児童のように読み切った記憶がある。頭の中をぐるぐる巡るサラブレッド、競馬場の風景。あとで知ったことだが、新橋氏は昭和40年「八百長」で直木賞受賞。ブンガク…として認知されていたから、高校の図書室に加えられていように、いま思う。

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 もう一度読みたい…。後日、検索してみると、角川文庫に「競馬放浪記」「男が賭ける」「馬券師稼業」など数著が収録されていた。しかし紀伊国屋、ジュンク堂、三省堂…すべて在庫が見当たらず(おそらく絶版)、結局アマゾン通販で購入した。シリーズ処女作とされる「競馬放浪記」。昭和24〜25年が舞台であり、描かれているのはトサミドリ、クモノハナ、イッセイ、トキノミノル…伝説の馬たち。それに魅せられていく主人公・戸上正人は不良、落ちこぼれ、ヤクザまがいの高校生(大阪・菊花高校)で、それはたぶん作者の分身になるのだろう。ただ、その戸上青年、初めて出かけた競馬場(阪神)でウイザートという馬に出会い、生来の純粋さをとり戻していく。

 要約を少し加えて引用する。「パドックで初めて見たウイザートは、奇麗な目、水晶のように輝く目。それが周回ごとにわざわざ立ち止まり、自分の顔を3度見た。そしてそのレース、ウィザードは第4コーナー、ちょっと仕掛けるとグイグイと末脚が鋭く伸び、後続を2馬身押さえゴール板を駆け抜けた」。「単勝わずか百十円の配当だったが、自分の顔を3度も見つめた馬が快勝し、その馬を買ったことで不思議な感動を覚えたのであった…」。読みながら改めてうなずいた。競馬ファンとはおおむね似たような体験を経て、その深淵にのめりこんでいく。自分と相思相愛(?)のサラブレッド。錯覚と思い込みが、不思議な感動…にまで昇華する。追記すればウィザートは父セフト、セントライト記念など32戦19勝。しかし登録モレでクラシックには出ていない。

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 戦後初期の競馬事情、社会情勢についても、ああそうだったのか…しみじみうなずく一節が少なくなかった。東京→大阪間の特急列車、「ひかり」「こだま」「つばめ」の前は「へいわ」の愛称だったこと。タフなアラブ種全盛のころ、「土曜惨敗、翌日曜快勝」など、信じられない結果(2日使い)が珍しくなかったこと。昭和24〜30年前後はクラシックもおおむね少頭数(25年菊花賞は6頭立て)で、当時馬券システムも、6枠制か8枠制か、さらに連勝複式、連勝単式…と毎年大きく揺らいだこと。もう一つ、伝説、幻の名馬とされるトキノミノルは、デビュー時「パーフェクト」の名前で出走、函館800b、48秒1レコード、いきなりスタンドを震撼させたこと。競馬ファンにおける幻と夢…は、たぶん古今大きくも変わっていない。

 堂々めぐり、行きつ戻りつの感傷で申しわけない。新橋ストーリー、どこにため息が出てしまうか。描かれる主人公が、ただひたすら一直線に競馬を愛していること。敗れ続けさまざま失うものがあっても、やはり競馬から離れられないこと。もう一つ思ったこと。主人公・戸上正人は、まだ競馬マスコミなど社会権を得ていない時代、どこから知識、情報を得ていたのか。「新聞は、何かというと関東のレースを重く見る。おもろないわ。何の根拠や…」などというセリフが出てくる。で、彼の愛読紙は、地元関西では「競馬ニホン」、東京旅打ちの際は「報知新聞」「ダービーニュース」とされていた。競馬ニホンといえば、今春4月をもって休刊、86年の歴史に幕を閉じた(昭和7年・創刊)と聞いている。改めてため息…の瞬間でもあった。

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 三冊を読了。若い人にはいかがかと思い、あえて注釈をつけず渡してみた。30代前半。独身男性。競馬歴15年。反応、食いつきはイマイチで、しかしまあそれも当然かもしれない。「ディープインパクトとかオグリキャップならわかりますけど…。あと、シンボリルドルフはビデオで見ました」。一昔ならイメージが喚起できても、二昔になると、はるか遠い「競馬時代劇」の世界になること。「でもですね。アジュディミツオー、フリオーソはライヴで見て凄かったし、感動しました。競馬は奥が深いです…」。今の若い人は総じて心やさしいと思う。相手に合わせた会話をする。もっともこのとき彼は、記者押し売り気味に飲ませ焼酎やらウォッカ、総計8杯。カウンターに突っ伏しそうな状況ではあった。

 「男が賭ける」の文中、戸上正人が自分の思う日本最強馬を語る一節があり、それは「クリフジ」だった。父トウルヌソル 牝馬 昭和15年・下総御料牧場産。11戦無敗、牝馬の東京優駿(日本ダービー)制覇は、以後64年間、ウォッカまで途絶えている。「シンザンは確かに不世出の実力馬だが、しかしクリフジの名が浮かぶと、この馬だけには、どう走っても勝てそうにない気がしてくる…」。ふと思い出し、東京競馬場隣接、競馬博物館を再訪した。ここでクリフジのビデオを見た記憶があった。昭和18年、戦時下のダービー。彼女は致命的な出遅れ(当時バリヤー)、しかし3〜4コーナー欅の向う、それこそ放たれた矢のように追い上げ直線先頭。牡馬を6馬身離して独走する。ゴール板を悠々と走り抜け、そのあと泰然自若のクールダウン。戸上(新橋遊吉氏)の見立てはしかり…と思った。同時に、競馬時代劇の愉しさ…も改めて実感した。







吉川 彰彦
Akihiko Yoshikawa

日刊競馬南関東公営版解説者

スカパー!・品川CATV大井競馬解説者、ラジオたんぱ解説者
 常に「夢のある予想」を心がけている、しかしそれでいてキッチリと的中させるところはさすが。血統、成績はもちろんだが、まず「レースを見ること」が大事だと言う。その言葉通り、レースがある限り毎日競馬場へ通う情熱。それが吉川の予想の原点なのである。




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