トップページ
2018.02.08更新

「吉か凶か」

 ひと月遅れ。いささか鮮度が悪い話題で失礼する。おみくじをひいた。近所にある小さな神社。松の内を過ぎ場内はひたすら静かで、深呼吸しながらしみじみひいた。しかし何と「凶」だった。ガーン…。もっともおみくじとは、“吉凶の結論”だけではもちろんなく、その年さまざまな運勢についてもアドバイスが示してある。健康、仕事、結婚、友人、旅行、試験…。中にこういう一節があった。「思わぬ方向から得難い進物あり…」。はてさて何のことか。

 以後3週間、忘れたころに幸運がやってきた。書店関係に携わる友人からメールがあり、「広辞苑」10年ぶりに改編(第七版)、その試供品(?)進呈というお知らせ。広辞苑は知ってはいても、実際手元に置いた経験はない。広範膨大なキャパがあり、かえって扱いにくいと思えたこと。敬して遠ざける、そんな感じか。さらに定価9000円も、いざ購入となると少し迷う値段ではある。友人運…良好。さすがおみくじ。ごくごく単純に嬉しくなった。

       ☆       ☆

 ただ、到着したそれは、想像以上に威圧感があった。漆黒の背表紙。大きく厚く、記者宅のチープな本棚には似合わない。本体重量3・3キロ。漬物石の役も十分可能で、リュックに入れて通勤、通学すれば、背筋など鍛えられそうな気もしてくる。10年前の第六版より140ページ増。それでも紙質の改良で、厚さ、重さは変わりないという。めくってみた。なるほど極薄なのに一枚一枚がくっつかない。ふだんあまり気づかないが、紙業界も苦しみながら進化している。

 その140ページ増の理由は、むろん収録語数が増えたこと。で、新掲載された言葉とはいったい何か。「スマホ ツイート 自撮り レジェンド」「ips細胞 AED」「 ブラック企業 ふるさと納税」。逆に見送られた言葉は「アラサー つんでれ ゆるキャラ ほぼほぼ」など。候補10万語から1万語選択というから確かに採否は難しい。スマホ、ツイート、自撮り…はそのまま現代世相として、「ブラック企業」など、昔から存在はもちろん、言葉自体もあった気がする。そして「豊洲市場」落選。やはり先々不透明ということか。

       ☆       ☆

 もう4年以上前になる。「舟を編む」という映画を見た。三浦しをん原作、石井裕也監督。辞書発行を矜持にしてきた出版社で、前任キャップ定年退職、その後継者に抜擢された主人公(松田龍平)が、戸惑い挫折を繰り返しながら、それでも紆余曲折の末、最後は自信の一冊を完成させる…そんなお話。ストーリー細部はさておき、記憶に深いシーンがあった。語釈(意味説明)を任された主人公青年が、『恋』という言葉をどう書くか…そのこと一件でアタマの中が行ったり来たり、数週間も思い悩む。

 結局彼はこう書いた。「恋=ある人を好きになってしまい、寝ても覚めてもその人が頭から離れず、他のことが手につかず、身悶えするような心の状態」。もっともこの映画にはラヴロマンスも入り、宮崎あおい、オダギリジョーの好演など、さまざま成功の背景があった。一見地味なテーマなのに大ヒット、近年異例の6か月ロングラン。2013年日本アカデミー賞にも輝いた。ただしかしそれとは別に、辞書を作る努力、労力、反面おもしろさとやり甲斐…など、うなずき、ため息をついたことを覚えている。

        ☆       ☆

 紙離れ、辞書離れ…とは昨今よく聞く。今の若い人、生まれたときからネット環境にいたと思えば無理もないが、旧人類の記者など、やはり活字、印刷物の方に愛着が深い。というか、画面の文字はアタマにすんなりと入ってこない。もう一つ、「辞書の面白さとは、ひくつもりのなかった言葉に出会うこと」という説に同感した。たとえば「東大」をひいて、その隣に、「灯台」「東大寺」が並んでいること。あるいは「ブラック企業」を調べようとして、隣の「ブラックペッパー」「ブラックユーモア」が気になること。何気なしに読んで、思わぬ知識(教養?)を得るかもしれない。対してネット検索は、ピンポイント、的確ではあるけれど、検索語以上には自分の世界が広がらない。

 そう考えたら、また山野浩一著「血統辞典」を思い出した。あるとき「アグネスタキオン」をひいて、近い場所に「アイネスフウジン」「アドマイヤドン」「アブクマポーロ」の名前を見つけた。その戦歴とプロフィール、加えて山野先生、独自一流の印象、評価が綴られる。「ア」の項でいうなら、「アカネテンリュウ」「アサカオー」など、とんでもなく古い英雄(ともに菊花賞馬)の名前もあった。目先の目的にはなかった未知との遭遇。競馬の愉しみとはこんなものか――。思わず深呼吸したような記憶がある。

        ☆       ☆

 試しに「凶」をひいてみた。「縁起、運が悪いこと わざわい 不吉…」。案外簡潔すぎる記述で終わり、正直ちょっと拍子抜けした。ただそれは、広辞苑が“辞書”の原点であること、その裏返しかもしれない。何も足さない代わり何も引かない、必要十分――。創始者であり、綿々と続いてきた老舗である。

 実は「凶」には、さまざま種類・段階があるらしい。凶、小凶、中凶、末凶、大凶。語感とすると「末凶」が八方ふさがりでなにやら怖い。もっともここ数年の神社おみくじ、「凶」が相当量増えたという説もある。某ネット「僕はここ1〜2か月、凶を引いていません。でもそれ以前は3日に1回。さて大吉を引く秘訣をお教えしましょう…(28歳・男性)」などという書き込みに驚いた。おみくじをゲーム感覚で毎日引く人、それに対応する多様なメディア。ともあれ広辞苑は、近年書籍経済とすると厳しい状況。今回売り上げは予測、第四版(1991年)比較、200万部→20万部と聞けば少し寂しく、改めて応援したい気分になった。







吉川 彰彦
Akihiko Yoshikawa

日刊競馬南関東公営版解説者

スカパー!・品川CATV大井競馬解説者、ラジオたんぱ解説者
 常に「夢のある予想」を心がけている、しかしそれでいてキッチリと的中させるところはさすが。血統、成績はもちろんだが、まず「レースを見ること」が大事だと言う。その言葉通り、レースがある限り毎日競馬場へ通う情熱。それが吉川の予想の原点なのである。




【バックナンバー】




格安「新聞」印刷

個人のお客様も歓迎!
結婚記念日や還暦のお祝いなどにどうぞ。
料金は41000円(税別)からと格安でお請けいたします。一生に一度の記念日に、あなたが1面を飾る素敵な新聞はいかがですか?

その他にもフリーペーパー、個展・コンサート・学園祭などイベントのチラシ、地域コミュニティ紙、各種後援会会報、販促ちらし、学生新聞など予算を抑えつつ大量に必要な場合に最適です。 まずは下記ページをご覧になり、メールにてお問い合わせください。不明な点などがありましたら、丁寧にご説明いたします。

■お問い合わせ
  sanpei01@nikkankeiba.co.jp

詳しくは≪有限会社三平印刷所ウェブサイト≫をご覧ください。




日刊競馬トップページ
株式会社日刊競馬新聞社 東京都品川区大崎1-10-1