日刊競馬トップページ
振り返るコーナー メニュー



 クロフネは現役時代10戦6勝。GTタイトルはNHKマイルC、JCダートの2つ。2001年の最優秀ダートホースに輝いている。

 名前の由来はその名の通り、江戸時代ペリーが浦賀に来航した際の「黒船」。2001年からクラシックに外国産馬の出走が可能になったことを意識したのだろう。結果として、NHKマイルCを制して駒を進めた日本ダービーは5着に終わった。ちなみに、これまで外国産馬によるクラシック制覇は2007年のオークスを勝ったローブデコルテ1頭だけである。

 チャンピオンズC(昨年までのJCダート)当日の60周年記念レースに選出されたように、人々に強烈な印象を残したのはダートでの走り。3歳秋、武蔵野Sでダートに初めて挑戦したわけだが 天皇賞(秋)に出られず前日のこのレースに回ったという経緯があった。当時、天皇賞(秋)の外国産馬の出走枠は賞金順に2頭だけ。この枠はメイショウドトウとアグネスデジタルで埋まったため、クロフネとエイシンプレストン(国内外でGT4勝)が弾かれる格好となってしまった。

 武蔵野Sでは1分33秒3(良)のとてつもない時計で2着に9馬身差。この時の2着が後にJCダートを制するイーグルカフェだから、相手も弱くなかった。続くJCダートもひとまくりで圧勝。2分5秒9(良)で2着に7馬身差。世界の関係者にも衝撃を与える走りを見せた。参考までに現在の東京コース(改修後)のレコードがダート千六で1分34秒1(不良)、ダート二千百が2分6秒7(良)。相当なダート適性の高さで、他を超越するスピード能力の持ち主だったかがわかる。




 おのずと世界の大舞台でどんな走りをするか、ファンの期待は高まったが、JCダート制覇から約1ヵ月後に屈腱炎発症を理由に突然引退。クロフネと同世代のアグネスタキオン、同じ厩舎のタニノギムレット、キングカメハメハも屈腱炎で、志半ばにして現役断念を余儀なくされた。この症状で引退に追い込まれた名馬は少なくないが、2000年台前半のトピックスは特に印象に残っている。それだけ速いスピードで走るため脚元へ負担が大きくなるのは仕方ないが、やっぱり一番は「無事是名馬」である。

 フェブラリーSと南部杯が1997年にGTに昇格。JCダートが2000年に誕生し、JBCが2001年に新設された。ダートの競走体系が徐々に整備され、芝を主戦にしていた馬のダート路線への参入がより活発となった。もともとホクトベガは芝のGTホース(エリザベス女王杯)だし、少し遡るとカリブソング、フジノマッケンオーは芝・ダート兼用タイプであった。

 2000年以後のアグネスデジタル、ヴァーミリアン、アドマイヤドン、スマートファルコン、ゴールドアリュール…。カネヒキリ・ブルーコンコルド・トランセンド、地方所属で活躍したアジュディミツオーあたりは別にして、純粋なパワー型のダート馬が減ってきたように思う。ドバイワールドCやブリーダーズCで2分を切ろうかという高速決着で戦うには、芝並みのスピードが必要。2011年にドバイワールドCを制したヴィクトワールピサにいたっては芝しか走っていなかった馬。あの時計で余力もあったクロフネが世界の大舞台に出走していれば…の思いは当然ある。

 先ほどあげた近年のダートの名馬と比較して、実際に対戦したらどうなっていたかはさておき、これらとはタイプが違うというか、次元が違った感じはする。ダートは2戦して2圧勝、わずか1ヵ月の間の出来事であった。ダートの「芦毛の怪物」とも一部で称された衝撃の走りだったが、もしかすると南関フリークを含め、あんまり玄人受けするタイプではなかったかもしれない。

 2002年に種牡馬入りして以後はフサイチリシャール、ホエールキャプチャ、カレンチャン、スリープレスナイトとGT馬を送り出した。ただ、残念ながらダートのGTホースは輩出していない。クロフネ自身は現在16歳、種牡馬としてもまだまだ老け込む年ではないし、さらなる大物の誕生に期待しよう。

 12月7日は中京競馬場でチャンピオンズC。開催場を移して、名前も変わって、国際招待も外され、賞金額も減少。このレースの行く末が心配になるが、13年前にクロフネが与えた衝撃は決して忘れ去られることはないだろう。




〔小松 真也〕




日刊競馬トップページ   

株式会社日刊競馬新聞社 東京都品川区大崎1-10-1