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 重賞昇格は20年前、1994年(平成6年)。以後、エアダブリン、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、アドマイヤメイン、ウインバリアシオン、フェノーメノ。日本ダービーで2着に泣いた、青葉賞馬である。

 シンボリクリスエスは2002年(平成14年)と2003年、ゼンノロブロイは2004年の年度代表馬。当時bPの藤沢和雄厩舎所属、時代を作った2頭でさえ、ダービーを勝つことなく終わっている。

 そもそも、ダービートライアル青葉賞で優先出走権を獲得してダービーを勝った馬が1頭もいない。格はオープン特別→GV→GU、権利は2着→3着→2着と変遷していても、コースは東京2400mで不動。適性がなければ好走できない舞台で活躍して、なぜか本番で優勝できない。

 オープン特別時代を含めると、トライアル歴は実に30年。さすがに「いつ破られるのか」というジンクスになってきた。

 端緒は、レオダーバン。当時2着権利のトライアルを勝ったのは23年前、1991年(平成3年)の春。皇帝シンボリルドルフの最高傑作=トウカイテイオーの後塵を浴びてダービーは準優勝だった。レオダーバンは、秋の菊花賞を制した強豪。これが不運の始まりとなった。



 “第1回GV優勝”のエアダブリン。ダービーはナリタブライアンの2着だった。5馬身も突き放されたが、何しろ相手は三冠馬。抜きん出た同世代馬の前に、なす術がなかった。2011年(平成23年)のウインバリアシオンも同様で、オルフェーヴルは三冠を制して凱旋門賞2年連続2着の超大物だ。1馬身3/4差なら、むしろよく頑張った。

 シンボリクリスエスはタニノギムレットに屈した。青葉賞の前走は500万特別、山吹賞。そこでやっと2勝目という遅咲き。一方、タニノギムレットは重賞戦線を歩んで皐月賞とNHKマイルCがともに3着。完成度に大きな差があった。

 ゼンノロブロイの前にはネオユニヴァースが立ちはだかった。山吹賞を勝って青葉賞制覇は同厩の1年先輩であるシンボリクリスエスと同じで、加えてゼンノロブロイは年明けデビュー、ダービーがキャリア5戦目。経験が浅いハンデがあった。対するネオユニヴァースは6戦5勝の皐月賞馬。鞍上のミルコ・デムーロ騎手もさえていた。相手が悪かったとしか言いようがない。 

 2006年(平成18年)のアドマイヤメインは、ダービーで皐月賞馬メイショウサムソンとクビ差。鞍上の柴田善臣騎手(通算2100勝以上でクラシック未勝利)がマイペースに持ち込んだものの、直線で捕まった。交わされたのが早かったわりに粘ったが、2着は2着。歴史に名を残すことはできなかった。

 一昨年、2012年(平成24年)のフェノーメノは惜しかった。外から猛追のハナ差、それもゴールの瞬間は内のディープブリランテを交わしたかの勢いで伸びた。フェノーメノは後の天皇賞馬。当時の実力も劣っていたとは思えない。管理の戸田博文調教師、鞍上の蛯名正義騎手は、ともにダービー初制覇が懸かっていた。陣営の悔しさ、いかばかりか。



 ここまで来ると、トライアルながら青葉賞とダービーは縁がないのかと感じてしまう。もちろん、勝てそうな馬の時は相手が強い不思議な巡り合わせ以外に、明確な原因がある。皐月賞時点でダービー候補はだいたい出そろっている。そして、賞金の足りている皐月賞上位組が、消耗の大きい2400mの青葉賞をあえて使うことはない。結果として出走してくるのは、将来性はあっても仕上がりの遅れた馬、照準を秋以降にしている馬、ということになる。

 それにしても……である。少しレベルの落ちる年なら、1回くらい勝っていいと思う。新馬、すみれSを連勝して臨んだ3戦目でダービーを制した1996年(平成8年)フサイチコンコルドの例もある。2000年のアグネスフライトや昨年のキズナは皐月賞を使わず、ダービーの前走は京都新聞杯だった。

 今年はどうか? 現在の勢力図からは難しい気もするが、トライアルで勝てば(ジンクスは百も承知で)やっぱりダービーで伏兵視されるのだろうか? 青葉賞は5月3日(祝・土)東京第11レース、発走は15時45分である。




〔田所直喜〕




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