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 今年の5月、グリーンチャンネルを見ていた若手社員に質問された。

 「あれっ? 札幌競馬場なのに左回りですね。このセール、どうしたんですか?」

 HBA日高軽種馬農業協同組合によるHBAトレーニングセール2013。今夏、札幌競馬場はスタンド改築中。JRA北海道シリーズは、すべて函館競馬場で行われる。“左回りダート”の答えは、工事の都合上の問題だったが、オールドファンは違う感慨を持ったかもしれない。そう、懐かしいあの頃の光景を……。

 サマーシリーズ唯一のGU。札幌記念がJRA夏競馬の頂点と聞いて、違和感を覚える人はいないだろう。宝塚記念(GT)の施行時期は夏番組に分類されるが、流れはあくまで春競馬の延長だ。

 レベルは高い。GU昇格の1997年(平成9年)、エアグルーヴが登場。牡馬相手の天皇賞(秋)を制してジャパンカップ2着もある女傑は、翌1998年も勝って連覇を達成する。その後の勝ち馬にセイウンスカイ、テイエムオーシャン、ファインモーション、ヘヴンリーロマンス、アドマイヤムーン、フサイチパンドラ、アーネストリー、トーセンジョーダン。牡牝を問わず、GT級の強豪が名を連ねる。当代一の名手、武豊騎手がGV時代を含めて7勝しているのも、札幌記念が夏の大一番であることの証である。

 JRA夏の北海道競馬は函館と札幌。1996年以前は開催順が現在と逆で、札幌→函館だった。そして1989年(平成元年)まで、札幌競馬場はオールダート。現在、通常8月に行われる芝の定量GUは、6月下旬か7月に行われるダートのハンデGVだった。

 ハンデ戦とはいえ、趣は“夏のダート王決定戦”。古くは1968年(昭和43年)と1969年、マーチスの連覇。グレートセイカンがトウショウボーイとクライムカイザーに土をつけたのは1976年(昭和51年)。GT級ではないものの、重賞戦線で長く活躍したテルノエイトは1979年(昭和54年)、オーバーレインボーは1982年(昭和57年)と1983年に優勝。オーバーレインボーの2年目は、60.5キロを背負って勝っている。

 昭和当時、中央競馬所属馬にとってダート重賞は貴重だった。地方交流重賞の急増は1995年以降。フェブラリーSは格付け当初はGV、ジャパンCダートは創設されていない。ダートの札幌記念は、今と比べても見劣らない存在感があった。レースの格や賞金が高くないわりに、有名一流馬の登場回数が多かった。

 また、札幌競馬場は1974年(昭和49年)まで左回りだった。もうすぐ五十路の筆者は実感がない。記録や映像で「そうだったのか」と認識している程度だ。

 今回はその当時の紙面をご覧いただく。



 第8回、1972年(昭和47年)。馬場の内側から撮影したゴール前の写真で、左回りだったことがはっきり分かる。

 勝ったのはシネマゴーストで、福永洋一騎乗。現代のトップジョッキー福永祐一騎手の父君。伝説の天才騎手は、シネマゴーストに乗った唯一の機会で1番人気馬を勝利に導いた。武豊騎手が札幌記念を初めて制したのは1993年(平成5年)。その21年前のことである。


〔田所直喜〕




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