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天皇賞(秋)・口取り 題字
1999年10月31日
第120回天皇賞・秋
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馬柱 《名門一族出身の
     スペシャルウィーク》

 スペシャルウィークは、病気で衰弱していた母キャンペンガール(父マルゼンスキー)が自身の命と引き換えに産んだ仔である。母を亡くしたスペシャルは乳母と人の手によって育てられた。スペシャルは「サンデーサイレンス産駒にしてはおとなしい」と言われていたが、このことも要因のひとつと考えられる。しかしこの頃には初期の頃とは違って『SS産駒=気性が荒い』とばかりは言えなくなってきていたのだが…。とにかくスペシャルの場合は物見をするとか子供っぽい程度のことはあったが、あまり気性に左右されることもなく、デビュー当初から逸材ぶりを発揮した。

 親の体力が低下している時にできた仔の中には、体質が弱いということも見られる時がある。しかしスペシャルに関しては特にそのような話を聞いたことはなく、のびのび育っていったようだ。父がスーパーサイヤー・サンデーサイレンスというだけの話ではない。スペシャルウィークの母系は日本の名門血統というバックボーンもある。

 スペシャルの4代母はシラオキ(父プリメロ)という馬。シラオキは1949(昭和24)年の皐月賞がトサミドリ(父プリメロ・兄セントライト)の5着、ダービーがタチカゼ(父プリメロ)の2着、通算48戦9勝の実績を残した。そして繁殖牝馬として1960(S35)年の皐月賞・ダービーを勝ったコダマ(父ブッフラー)と翌年の皐月賞馬シンツバメ(父ヒンドスタン)などを産んだ。さらにシラオキが産んだ娘たちも繁殖牝馬として成功、大きく枝葉を広げていきシスタートウショウ(父トウショウボーイ)、マチカネフクキタル(父クリスタルグリッターズ)など多くの活躍馬に繋がっていくことになる。現段階での最高傑作は、やはりスペシャルウィークである。

 98年。同期の外国産馬グラスワンダーやエルコンドルパサーも活躍していた。しかし当時はまだクラシックには出走できない時代。クラシックの主役に位置付けられたのは、きさらぎ賞→弥生賞を連勝したスペシャルウィークだった。3冠すべて1番人気だったのだが、皐月賞3着→ダービー1着→菊花賞2着。皐月と菊の2冠はセイウンスカイ(父シェリフズスター)がゲットした。

 スペシャルは器用さに欠ける面があり、後方追走のレース運びが多かった。馬場がボコボコだったり、ペースが遅めだったりするとキツくて、あと一歩届かないこともあった。逆もまた…で、菊に至っては1000m通過が59秒6。1分を切るペースで逃げたセイウンスカイが絶妙に3000mを乗り切った。しかも3分3秒2のレコードで走られては、後続はお手上げ状態だった。

 菊のあとはジャパンCに出走、エルコンドルパサーと初顔合わせとなった。余裕のあるローテーションで元気一杯だったエルコンドルが勝ち、2着はエアグルーヴ。さすがにレコード決着の菊を闘ったスペシャルには、1番人気にこたえられる余力はなく3着。スペシャルの98年はここで終わる。

 翌99年。AJCC→阪神大賞典を連勝したスペシャルウィークは天皇賞・春へ向かう。阪神大賞典で一度決着をつけていた前年の覇者メジロブライト(父メジロライアン)が、ゴール前懸命に追撃してきたが、ここでも逆転を許すことはなかった。「強さを再認識した」とブライト陣営に言わせたスペシャルは、次の宝塚記念でファン待望のグラスワンダーとの初対戦を迎えることになる。

 グラスワンダーの的場も、スペシャルウィークの武豊も「他馬を意識しないでこの馬の競馬をする」ことを心掛けていた。その通りにスペシャルが4コーナーで馬なりで先頭に立ち、最内に進路をとった。その外からグラスが一気にスペシャルを交わし、グラスのキャラクター通りにグランプリレースでの強さを発揮した。スペシャル陣営もこの時ばかりは「完敗」とコメントした。そしてこの年の有馬記念でグラスと再戦。再度グラスが1着でスペシャルが2着だが、着差は僅かハナだった。4(当時5)歳世代の頂上決戦にふさわしい名勝負を演じた。この対戦が両雄の最後の対決となった。

天皇賞(秋)・ゴール前 《秋天で魅せた本物の爆発力》
 99年の秋は京都大賞典からスタート。放牧明けで486キロ、スペシャルとしてはこれまでで一番重い体重だった。白井師が追い切りのあとで「反応が今ひとつ物足りない」とコメントしていた通りの結果が出た。いつものように3・4コーナーを2番手で通過したスペシャルだが、最後は切れどころか粘りもなく7着に沈んだ。掲示板にも載らなかったのは初めてだったこともあり、陣営は少し動揺を隠せず「これで良くなってくれれば…」と祈るようなコメントが出た。

 そして天皇賞・秋。しかしスペシャルの調子は、特に上昇する様子を見せなかった。直前の追い切りは、大きく追走する形とはいえ格下馬に見劣るものだった。それでも陣営は「前走より良化」を強調したが、下馬評では?がつきまとう。それにスペシャル=ステイヤーというイメージも手伝ったのか、ここまで常に1・2番人気だったスペシャルが、このレースでは4番人気に落ちていた。1番人気はセイウンスカイ、以下ツルマルツヨシ、メジロブライトの順となった。しかしスペシャルは当日の体重が前走より16キロ減って470キロ。結果的にはこれがポイントだった。このレース、スペシャルは久しぶりに道中後方追走だった。あまり調子が良くないとスペシャル自身も思っていたのか、道中無理することはないという感じではあった。4コーナー通過時でも後方。外に持ち出してから、ようやくエンジン全開。走りっぷりが一変した。前にいる馬たちを一気に交わし、一旦抜け出していたステイゴールドをクビ差ながら捕らえた。

 勝ち方は際どかったが、勝ちタイムは1分58秒0のレコード。スペシャルがレコードをマークしたのは初めてだった。しかし、サンデーサイレンス産駒の真骨頂ともいえる本物の爆発力を、スペシャルが見せつけた瞬間だった。

 2005年の競馬界10大ニュースのひとつとして、スペシャルウィーク産駒シーザリオが日本のオークスとアメリカンオークスを勝ったことが挙げられる。それまで、ファーストクロップの2001年生まれのスペシャルウィーク産駒については「なかなか仕上がらない」とか「仕上がるのが遅い」という話をよく聞いていた。現実に9月11日に4勝目を挙げたピサノフィリップ(1000万クラス)など、まだこれから…という産駒が多い。

 ところが、2002年生まれにはシーザリオのほかに、インティライミが京都新聞杯を勝ったあとダービー2着。スムースバリトンが東京スポーツ杯2歳Sを勝つなどしてブレイク。種牡馬スペシャルウィークの評価がガラリ一変、一気に上昇することになった。京都大賞典を凡走したあと、天皇賞・秋で本当にブレイクした時のように…。

[樋渡富子]

☆第120回天皇賞(秋) 優勝馬☆
スペシャルウィーク 1995.5.2生 牡・黒鹿毛
サンデーサイレンス
1986 青鹿毛
Halo
1969 黒鹿毛
Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well
1975 鹿毛
Understanding
Mountain Flower
キャンペンガール
1987 鹿毛
マルゼンスキー
1974 鹿毛
Nijinsky
シル
レディーシラオキ
1978 鹿毛
セントクレスピン
ミスアシヤガワ
 
 



馬主………臼田 浩義
生産牧場…門別・日高大洋牧場
調教師……栗東・白井 寿昭

通算成績 17戦10勝[10.4.2.1]
主な勝ち鞍 東京優駿(1998年)
天皇賞(春)(1999年)
天皇賞(秋)(1999年)
ジャパンカップ(1999年)

受賞歴 JRA賞
特別賞(1999年)

全成績はこちら


1999年10月31日
第120回天皇賞・秋(G I) 東京・芝2000m・良
[5]スペシャルウィーク牡558武  豊1.58.0
[3]ステイゴールド牡658熊沢 重文クビ
[1]エアジハード牡558蛯名 正義3/4
 上がり 48秒1−36秒3
単勝 680円  複勝 340円 670円 340円
枠番連複 3−5 5620円 馬番連複 6−9 15770円  




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