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宝塚記念・口取り 題字
1999年7月11日
第40回宝塚記念
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馬柱 《天才マイラーだった
     ワンダーホース》


 アメリカ産馬グラスワンダーは1995年生まれ。海外の馬市場でジャパンマネーが猛威をふるっていた頃の1頭で、同期の外国産馬にはエルコンドルパサー、アグネスワールド、マイネルラヴなどがいる。グラスワンダーの取り引き価格は25万ドル。特別高価とは言えなかったのだが…。そして97年9月にデビュー。手綱をとった的場均は「順調にいけば凄い馬になる」とコメントした。結果的に順調にはいかなかったが、グラスワンダーはコメント通り凄い馬になった。新馬→アイビーS→京成杯3歳(現京王杯2歳)Sと3連勝したあと、朝日杯3歳(現朝日杯フューチュリティ)Sへ向かう。
 当時朝日杯といえば、翌年のクラシックを占う上で最も重要なレースだった。3冠馬ナリタブライアンもこのレースの優勝馬だ。
 1997年の朝日杯では衝撃が走った。グラスワンダーの勝ち時計は1分33秒6。朝日杯史上初めて33秒台がマークされた。このくらいのタイムとなると古馬の一線級並み。単純に3(現2)歳の競馬としては片付けられない。天才だと思った。
 そしてグラスワンダーの勝ったあとも33秒台のタイムが続出している。しかしその反面、朝日杯の出走馬ばかりか勝ち馬や好走馬は、クラシックを勝つことが難しくなってしまっている。グラスワンダーは朝日杯高速化の象徴である。朝日杯の本質を大きく変えてしまったと言っていいだろう。ただし、この代償も大きかった。のちに第3中足骨骨折が判明した。
 グラスワンダーが復帰したのは98年毎日王冠。宝塚記念を制して絶頂期を迎えた5歳サイレンススズカに、新鋭エルコンドルパサーと3歳王者グラスワンダーが挑む構図。9頭立てではあったが、レース並みのムードに包まれていた。  レースはサイレンススズカの完勝だった。エルコンドルパサーが2馬身1/2差の2着だが、この時のサイレンススズカにはどれだけデキが良くても、どういう戦術をとっても勝てるはずがなかった。グラスワンダーに至っては、的場のコメントによると「スタート直後に隣の馬にぶつけられ、3コーナーでは影を見て驚いていた」ということで、まともに競馬をしていなかったのである。サイレンススズカが絶頂期を過ぎた次走の天皇賞で非業の死を遂げたことを思うと、グラスワンダーが万全ならもっと名勝負になったはず…と惜しまれるところだ。

《グランプリ3勝の万能マイラー》

 AR共和国杯6着のあと有馬記念へ。皐月・菊の2冠馬セイウンスカイが1番人気、以下順にエアグルーヴ、メジロブライト、グラスワンダー、マチカネフクキタル…。いつも1番か2番人気のどちらかだったグラスワンダーだが、この時だけは4番人気。『デキがもうひとつ戻っていない、距離も長いかも…』というのが主な評価だった。有馬記念=メジロブライトのようなステイヤーのためのレースというイメージがまだ強かった時代である。これを打破したのがマイラー型グラスワンダーとも言える。
 グラスワンダーは4コーナーで先頭に並びかけて、2着メジロブライトの追撃を1/2馬身差で凌いだ。「絶好調時に比べるともうひとつだったが、能力だけでよく頑張ってくれた」と的場は言った。以後『ここ一番での強さ』がグラスワンダーという馬の、もうひとつの魅力にもなった。
 グラスワンダーは翌年の有馬記念も勝った。ちょっとしたアクシデントでジャパンCに出走できず、ぶっつけで有馬に臨んだ。前年よりデキは良くなかった。それでも担当厩務員氏引退の花道を飾りたかったのか、粘りに粘った。最後はスペシャルウィークやテイエムオペラオーを僅差で退けた。 この時こそ、『ここ一番での強さ』を最大限に発揮したのであった。
  話は1999年春に戻る。春の天皇賞には出られないグラスワンダーは、まず安田記念を狙った。しかし僅かハナ差2着だった。決して完敗ではなかったと思う。 このあとは順調に宝塚記念へと向かう。最大の注目点は、同期生ダービー馬スペシャルウィークとの初対決だった。一体どちらが強いのか…。日に日に一騎打ちムードが高まっていき、スペシャルウィークが1番人気、グラスワンダーが2番人気に納まった。

宝塚記念・直線  武豊・スペシャルウィークは、的場・グラスワンダーより前でレースを運んだ。4コーナーで先頭に立ったスペシャルウィークはグラスワンダーを一度引き離したが、直線に向くと脚いろが鈍った。そこにグラスワンダーが襲いかかり、最後は3馬身突き放した。「手ごたえが違いすぎた。今日のところは完敗」と武豊は言った。
 ところでこのレースの決着シーンだが、過去にも似たような形で展開されていた。1993年4月、天皇賞・春。この時も1番人気は武豊・メジロマックイーン、2番人気は的場・ライスシャワーでレースを迎えた。やはり99年の宝塚記念と同様に武豊は道中、的場より前に位置して4コーナーで先頭に立つ。そのあとで的場が仕掛けて一気に武豊を交わすというシーンが演じられていた。2人の騎手が意識していたかどうかは分からないが…。
  2000年、グラスワンダーは宝塚記念連覇を狙っていた。しかし前年の有馬記念激走がさすがにこたえていて、日経賞と京王杯SCで凡走。宝塚を迎えても調子は上がらなかった。それにレース当日の雨も初めてだった。緩んだ馬場が負担を増した。レース中に骨折して6着に沈んだ。テイエムオペラオーとメイショウドトウのライバル物語の第1弾を見届けて、これを最後にグラスワンダーは現役を引退した。
 現在日本の競馬の主流は、海外競馬の主流と同様に、ステイヤー型からマイラー型へと完全に移行し、春の天皇賞でも菊花賞でもマイラー型が活躍している。一番大きな要因はサンデーサイレンスの出現ではある。しかし万能マイラー・グラスワンダーも、主流の転換に貢献した1頭である。
[樋渡 富子]

☆第40回宝塚記念 優勝馬☆
グラスワンダー 1995.2.18生 牡・栗毛
Silver Hawk
1979 鹿毛
Roberto
1969 鹿毛
Hail to Reason
Bramalea
Gris Vitesse
1966 芦毛
Amerigo
Matchiche
Ameriflora
1989 鹿毛
Danzig
1977 鹿毛
Northern Dancer
Pas de Nom
Graceful Touch
1978 鹿毛
His Majesty
Pi Phi Gal
5代クロス Nearco 4x5
 



馬主………半沢(有)
生産牧場…アメリカ・フィリップレーシング
調教師……美浦・尾形 充弘

通算成績 15戦9勝[9.1.0.5]
主な勝ち鞍 朝日杯3歳S(1997年)
有馬記念(1998、99年)
宝塚記念(1999年)

受賞歴 JRA賞
最優秀3歳牡馬(1997年)
特別賞(1999年)

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1999年7月11日
第40回宝塚記念(G I) 阪神・芝2200m・良
[5]グラスワンダー牡558的場  均2.12.1
[7]スペシャルウィーク牡558武   豊
[1]ステイゴールド牡658熊沢 重文
 上がり 46秒9−35秒4
単勝 280円  複勝 110円 100円 210円
枠連 5−7 180円 馬連 5−9 200円  




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