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馬 題字
1970年11月15日
第31回菊花賞
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馬柱 ◎ウイルデイールの時代

  ウイルデイール(1958〜1961)

 1958年というと、46年前になるわけであり、日刊競馬の社内でも、ウイルデイールを知るものは少なく、もう何年も原稿を書いていない、私にお鉢が回ってきた次第です。その私にしても、当時、トラックマンをしていて、ウイルデイールを見ていることは間違いないはずですが、特に印象に残るという馬でもなく、記録をたよりに記述するしかないという状態です。バックナンバーも残っておらず、特別復刻版として、馬柱を掲載してきているシリーズですが、今回はどうするのだろうか。おそらく困っているはずです。当時、日刊競馬は、タブロイド版、4ページで、定価は10円でした。

 ウイルデイールが競走馬として活躍したのは、1958年から、1961年にかけてで、22戦9勝している。当時の世相を、年表で簡単に振り返ってみよう。

 1958年 2月−45代横綱に若乃花。4月−売春防止法施行。4月−長嶋茂雄プロデビュー、金田正一投手に4打席4三振。9月−狩野川台風、中伊豆を襲い、死者1189人、家屋全壊流失1044戸。11月−皇太子明仁と正田美智子の婚約発表。
 競馬界の出来事 日本競馬界の発展に尽力した功労者、安田伊左衛門氏が、5月18日に逝去。85歳。ハクチカラ、アメリカ遠征。主要レース勝ち馬 皐月賞・タイセイホープ、ダービー・ダイゴホマレ、菊花賞・コマヒカリ、桜花賞・ホウシユウクイン、オークス・ミスマルサ、天皇賞(春)・オンワードゼア、天皇賞(秋)・セルローズ、有馬記念・オンワードゼア。

馬  1959年 3月−朝汐、46代横綱に。4月−皇太子御成婚。9月−伊勢湾台風、中部地方を襲い、死者5041人、被害家屋57万戸と明治以来最大の被害。11月−総評安保統一行動で、デモ隊2万人が国会に突入。
 競馬界の出来事 ハクチカラ、アメリカで重賞勝ち。種牡馬ナスルーラ死亡。これまで、5分の1秒単位で表示されていた競走タイムが、この年の第4回東京競馬、および第5回京都競馬から10分の1秒単位で表示されることになった。主要レース勝ち馬 皐月賞・ウイルデイール、ダービー・コマツヒカリ、菊花賞・ハククラマ、桜花賞・キヨタケ、オークス・オーカン、天皇賞(春)・トサオー、天皇賞(秋)・ガーネツト、有馬記念・ガーネツト。

 1960年 1月−新安保条約調印で、岸首相ら米国へ出発、全学連羽田闘争、1月−三井三池無期限スト、ロックアウト。5月−自民党は新安保条約を単独強行可決。国会空転、連日の国会デモ。6月−安保阻止統一行動、全国で580万人が参加、右翼がデモ隊に殴り込み。全学連国会突入で、樺美智子死亡。8月−ローマオリンピック。10月−浅沼社会党委員長、右翼少年に刺殺される。10月−大洋ホエールズ、日本シリーズ優勝。前年最下位から日本一は史上初、「三原魔術」と称賛される。
 競馬界の出来事 新人騎手、加賀武見58勝、これは、新人史上最多の記録。種牡馬ハイペリオン死亡。バリヤーによるスタートが行われてきていたが、この年からウッド式発馬機が導入され、使用されることになる。主要レースの勝ち馬 皐月賞・コダマ、ダービー・コダマ、菊花賞・キタノオーザ、桜花賞・トキノキロク、オークス・スターロツチ、天皇賞(春)・クリペロ、天皇賞(秋)・オーテモン、有馬記念・スターロツチ。

 1961年 1月−ケネディ大統領に就任。4月−ソ連ボストーク1号で、ガガーリン少佐地球1周飛行・「地球は青かった」。8月−東独、ベルリンの壁を構築。9月−室戸台風、近畿を襲い、死者202人、9月−大鵬と柏戸、ともに横綱に昇進。
 競馬界の出来事 ヒンドスタン、初のリーディングサイアーに。最多勝ジョッキー蛯名武五郎引退。馬体重の発表始まる。主要レースの勝ち馬 皐月賞−シンツバメ、ダービー・ハクシヨウ、菊花賞・アズマテンラン、桜花賞・スギヒメ、オークス・チトセホープ、天皇賞(春)・ヤマニンモアー、天皇賞(秋)・タカマガハラ、有馬記念・ホマレボシ。

馬 ◎ウイルデイール 1959年、年度代表馬に

 ウイルデイールは、1958年から1961年にかけて、競走生活を送っているが、もっとも活躍したのは、4歳時の1959年で、この年11戦して、6勝している。いまでいうGI勝ちは、皐月賞のみだが、4歳特別、新春カップ、NHK盃、京都杯、クモハタ記念と特別レースばかりの勝ち星である。ダービーでも、皐月賞、NHK盃(当時は、距離も2000メートルでダービーの前哨戦という性格のレースだった)に勝っているだけに、人気を集めていたが、あいにくの雨で、不良馬場となり、持ち味を発揮できず、道悪巧者のコマツヒカリの15着と敗退している。

 この年、天皇賞(秋)、有馬記念といまでいうGIレースを2勝しているガーネツトがいたが、年間を通して活躍したことと、大型馬で豪快なレースぶりを見せており、そのスケールの大きさを買われたのか、4歳の代表馬とともに、年度の代表馬に選出されている。なお、この当時、年度の代表馬の選考は、啓衆社の主催で行われていた。

 皐月賞に騎乗した渡辺正人騎手は、前の年にタイセイホープで勝っており、翌1960年もコダマで皐月賞を勝ち、皐月賞3連覇を成し遂げている。

 種牡馬としては、産駒にダテテンリュウ(菊花賞・今回掲載の紙面)、ダテホーライ(宝塚記念)、ダテハクタカ(阪神大賞典、阪神障害ステークス)等がいる。
〔谷 真翁〕

☆1959年度代表馬☆
ウイルデイール 1956.2.5生 牡・栗毛
Wilwyn
1948 鹿毛
Pink Flower Oleander
Plymstock
Saracen Denatello
Lovely Rosa
メードンスグリーン
1946 鹿毛
Straight Deal Solario
Good Deal
Windsor Lady Beresford
Resplendent
 

馬主………伊達牧場
生産牧場…門別・マルタケ牧場
調教師……中京・星川 泉士

通算成績 22戦9勝[9.6.2.5]
主な勝ち鞍 皐月賞(1959年)


1970年11月15日
第31回菊花賞 京都 芝3000m・稍
[6]11ダテテンリュウ牡457宇田明彦3.10.4
[4]タマホープ牡457清水久雄1/2
[7]14ネバーフォード牡457武 邦彦




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