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馬 題字
1964年12月30日
第10回東京大賞典
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馬柱 ◎ダービー・天皇賞は勝てずとも

 父・トサミドリ(父・プリメロ、母・フリッパンシー)は元祖三冠馬・セントライトの半弟。兄には及ばなかったが、皐月賞・菊花賞(1949年・昭和24年)を勝っている名馬で、種牡馬としても1958年(昭和33年)と1959年(昭和34年)に、中央競馬のリーディング2位。キタノオー、ガーネット、トサオー、キタノオーザ、ヒロキミなど、産駒に天皇賞馬・菊花賞馬が目立つ。

 母・クロカミはクモハタ産駒で中央6勝馬。ホマレボシ以外に、キヨカミ(菊花賞3着)、ミスホクオー(オークス3着)と、中央の長距離レースでの活躍馬を出している。
 そんな血統背景のホマレボシ、晩成型のステイヤーという評価で間違ってはいない。
 デビュー戦は東京芝1600Mの新馬戦(1960年・昭和35年2月21日)で2着。初勝利は3戦目の未勝利戦(3月20日・東京芝1800M)で、7戦目で挑戦したダービー(5月29日)は完成度の高かったコダマの前に7着に終わっている。

 台頭は4歳秋から。11月のカブトヤマ記念(当時は東京芝2000M・昨年で廃止)で初重賞V。翌1961年(昭和36年)春は天皇賞を目指さず、4月のダイヤモンドS(当時中山芝2600M)、6月の安田記念(当時東京芝1800M)、7月の日本経済賞(当時中山芝2600M)と重賞勝ちを重ねる堅実路線を歩んだ。

題字  そして、ホマレボシのハイライトといえる61年秋の2大レースを迎える。第1ラウンドは11月23日の天皇賞・秋(当時東京芝3200M)。直線で叩き合ったライバルはタカマガハラ(優勝)、オンスロート(2着)、シーザー(4着)。いずれも同期生で、コダマに代わって世代の主役の座を争っていた。初めて大レースで有力馬(1番人気)になったホマレボシは、この時3着。念願の盾奪取はならなかったが、4歳時とは見違えるほどたくましくなっていた。

 12月の有馬記念は天皇賞の再戦。“四天王”、あるいは“ビッグ4”と呼ばれたカルテットは、年末の大一番でも見事な演奏を披露した。追い比べはより激しさを増し、勝ったホマレボシから3/4馬身差で2着タカマガハラ、遅れることアタマ差で3着オンスロート、さらにアタマ差で4着シーザー。5着はこの年のダービー2着・メジロオーだった。  年間重賞4勝、引退レースで2分40秒8のレコード勝ち。年間獲得賞金1478万円で賞金王に輝き、通算賞金も2006万円で歴代1位に躍り出た。4歳夏まで地味な存在だったホマレボシが、ダービーも天皇賞も勝たずに日本一の座を勝ち取った。

 ホマレボシは名ステイヤーというだけではない。安田記念と有馬記念を両方勝っている馬は、ホマレボシとオグリキャップだけである。1800Mと2600M、1600Mと2500M。距離に多少違いはあったものの、東京と中山の異なる性格のレースをともに勝つ難しさは同じだろう。

 安田記念が現在GIだからこそ意味のある勲章。クラシックや天皇賞を勝てなかったホマレボシだが、5歳春に別路線を進んだことで意外な記録でも歴史に名を残すことになった。

馬 ◎世代2頭目の年度代表馬

 ホマレボシの世代(1957年・昭和32年生まれ)のレベルが高かったことはコダマ(日刊競馬で振り返る名馬・第14回)について書いた際に触れたが、それは年度代表馬の選出を見てもすぐに分かる。

 60年がコダマ(4歳)、61年がホマレボシ(5歳)、62年がオンスロート(6歳)。つまり、この3年間は57年生まれの馬が競馬界をリードしていたことになる。

 61年当時の大レースの1着賞金を見ると、ダービーが700万、天皇賞・有馬記念・菊花賞が500万、皐月賞・オークスが400万、桜花賞・中山大障碍が300万。宝塚記念は200万で、ホマレボシが勝った安田記念は150万である。現在もGIレース間に格差はあるが、「ダービーが頂点」が今より明確で、それが賞金にも表れていた。皐月賞10着、菊花賞でも完敗(10馬身差の2着)を喫しながら、オートキツはダービー一発で年度代表馬になっている(1955年・昭和30年)。

 ダービー馬を押しのけて年度代表馬になるのは、実績・実力に加えて、印象もそれにふさわしくなくてはならない。古馬になって代表馬に選ばれたホマレボシ、オンスロートはもちろん、タカマガハラ、シーザーらが古馬重賞戦線で大奮闘。前記の2戦を含め、ハイレベルの攻防は際立っていた。

◎全弟も活躍馬

 今回掲載の紙面は、ホマレボシの全弟であるオリオンホースが勝った1964年(昭和39年)の東京大賞典(大井ダート3000M)。それまで「秋の鞍」と呼ばれていた名物レースが、この年に現在の名に改称されている。

 オリオンホースは60年生まれでホマレボシの3歳下。中央(中央名・カツミドリ)では6戦1勝に終わったが、南関東に転じて名前を変えてから力を発揮するようになり、大井の東京大賞典のほか、川崎の報知オールスターC(当時ダート2000M)も連覇(64・65年)している。
 晩成ステイヤーの血は、ホマレボシ自身だけではなく、弟を通じても証明されている。
〔田所 直喜〕

☆1961年度代表馬☆
ホマレボシ 1957.4.22生 牡・鹿毛
トサミドリ
1946 鹿毛
プリメロ Blandford
Athasi
フリッパンシー Flamboyant
Slip
クロカミ
1949 黒鹿毛
クモハタ トウルヌソル
星旗
第七デヴォーニア ステーツマン
デヴォーニア
 

馬主………川口 文子
生産牧場…新冠・笠井 久吉
調教師……中山・稗田 敏男

通算成績 27戦12勝[12.10.3.2]
主な勝ち鞍 安田記念(1961年)
有馬記念(1961年)


1964年12月30日
第10回東京大賞典 大井 ダート3000m・良
[6]オリオンホース牡555佐々木竹見3.12.0
[6]シユンユウ牡454渥美忠男
[7]11ロイヤルナイト牡555宮下哲朗




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